写メ日記

自由な38年を

2024/12/14 07:01:33

  • 自由な38年を

おはようございます~みゅうみゅうです

朝という字をよく見ると「十月十日」という字が組み合わさって出来ています。
それは生まれる前の赤ちゃんがお母さんのおなかの中にいる時間

毎日朝を迎えるたびに新しく生まれ変わっている
のですね~目を覚まして、また新たな人生を踏み出す今日というはじまりに、活力を与えて【朝の言葉】を毎日書いてハッピーな一日にしましょう
今日の言葉はコチラ!

人の人生を80年とすると


睡眠に27年
食事に10年
トイレに5年だそうです

自由な時は38年のみ
貴方と楽しく過ごしたいです



今日も皆様にとって素敵な日になりますように

本日明日10:00-22:00出勤します


明るく楽しくエロく
今日も日宜しくお願い致します
みゅうみゅう

丸一日◯無くして

2024/12/13 19:59:05

  • 丸一日◯無くして

こんばんは~みゅうみゅうです

携帯を無くしてしまい丸一日ヒヤヒヤして

過ごしたら‥さっき見つかって~ホッと

やっと日記書けます

昨日も会いにきてくださった皆様方~
楽しい時間をありがとうございました

ふっと「あの人どうしてるのかな?」って

お客様の事を普通に日常を送ってる時に思い出す

事があるの~

そしたら必ず会えたりするミラクルが起こる

これって引き寄せの法則よね~絶対

2024年もあと少し「会いたい人を思って」

昨日お会いした皆様と
また再会できる日を楽しみにしています


【今日のキーワード】

チャリ繋がり話楽し/潜望鏡/心地いい喋り/あれれ?今日はどうしたの!w/1回量多すぎて/格闘エロ笑/

先手の取りあい/早◯だからって舐めささないんだから/舐められ好きだからいいけど/念がとどいたからかな?/再会できると嬉しい人/私の癒し/セフレ多すぎない?w/こんなことないのに‥と感動/またねのサイン/え~週7デリ?/タフだね♪/乳首感じる人大好き/脂肪肝の話/気遣いの人/偶然の赤◯/腕掴み/






みゅうみゅうの日記は動画が主なので
シティーヘブン以外の写メ日記を見てくださっている方には写真のみの日記しかアップされないので
動画日記が気になる方は【アラウンド40みゆう】で検索して見て見てくださいね



around40みゅうみゅう


50歳から69歳?

2024/12/11 07:00:30

  • 50歳から69歳?
おはようございます~みゅうみゅうです

朝という字をよく見ると「十月十日」という字が組み合わさって出来ています。
それは生まれる前の赤ちゃんがお母さんのおなかの中にいる時間

毎日朝を迎えるたびに新しく生まれ変わっている
のですね~目を覚まして、また新たな人生を踏み出す今日というはじまりに、活力を与えて【朝の言葉】を毎日書いてハッピーな一日にしましょう
今日の言葉はコチラ!


歳からアンパンマンを描き始め
歳でブレイクした

やなせたかし先生のお言葉


「生きるって
満員電車に乗ることみたいなもの

すごい満員電車でも
ずっと降りずにいたら

ある時席は空くんです
僕なんて終点近くでやっと座った」

まだ結果が出てない人に届いてほしい言葉





今日も皆様にとって素敵な日になりますように

本日
明日出勤します



明るく楽しくエロく
今日も日宜しくお願い致します
みゅうみゅう

  • 【風俗伝記第一章⑤】 ~渡る世間はカスばかり~

【風俗伝記第一章⑤】

~渡る世間はカスばかり~


家を出て住み込みで看護助手として働きながら
高校にいける事は
私にとっては養父から逃れられ何より嬉しく

ようやく幸せな日々が訪れると期待していました

平日はam5:00に起き
学校の前後医院で働き

土日は先生と奥様の雑用をし

唯一の休みが日曜日の夕方からのみ

それで3食無料でご飯が食べれて

医院から学校までの電車賃が出て

4畳半のお部屋が与えられ一ヶ月のお給料は三万円

(うち二万千円が授業料なので9000円がお小遣いでした)ちなみに他院で働く学生はこの倍は貰っていましたが私には充分なお給料でした

 

准看護師の資格を取ったら

東京の看護学校を受験するつもりでいたので

9000円のうち8000円貯金し

1000円だけ養母と公衆電話で話すお金にしてました


高校時代の私の楽しみは

養母との公衆電話での会話と学校の休み時間くらい

3年間一度も実家に帰ることもなく

近づく事もしませんでした

医院の奥様は絵に描いたような意地悪BBA

この医院に配属された学生は皆

夜逃げしてしまうほど虐めが酷く

3年間ここで過ごせた学生は1人もいない

私がこの医院に来た時には

部屋の窓には鉄格子がつけられ

夜22:00過ぎたら外から部屋の鍵をかけられ

「朝まではココで排泄するように」と

狭い部屋にポータブルトイレが設置されました

チクチクチクチク虐められるのは

日常茶飯事でしたが

今では考えられないかもしれませんが

院長夫人は気に入らないことがあれば

ずっと持ち歩いてる木の物差しで容赦なく叩く

見えない場所は常にアザだらけ

学校の先生に相談したかったけど

ここでも私は自分の居場所がなくなる
恐怖心が発動してしまい
ここを辞めたら家に帰って
養父の虐待にあうのであれば同じ事!と
医院での出来事は誰にも話さず我慢の日々

ある朝、パンが朝食に出て
その食パンには明らかに青カビが生えており
院長夫人が「ほら!こうすれば分からず食べれるから」とジャムとバターをべっとり塗りカビの生えた食パンを出されました

出されたものを食べるしか
あの時は生きていく道はなかった

虐められても虐められても屈しない姿が余計に

院長夫人の逆鱗に触れ虐めは
エスカレートしていってました


夏場はカビは生えやすくパンだけでなく
色んな食材を◯なない程度にわざと軽く腐らせて
食べさせて苦痛を味あわせる
初めは下◯痢したり吐いたりしていたけど
院長から薬を処方され症状緩和
そのうち

耐性がついてきたのか胃腸症状は出なくなりました

ただこの医院で住み込みで働く中で
私が耐え難かった事は
院長夫人のイジメ以上に院長の世話係でした

これが学生達が逃げ出す理由だったんだ…

【風俗伝記第一章⑥】

~院長の世話係~

次回に続く


  • 【風俗伝記第一章④】 ~性的〇待の末に~

【風俗伝記第一章④】

~性的〇待の末に~

私が中学3年生の時に
養父から性的〇待を受けました。

その片鱗は幼少期の時からチラホラ出てました

小学生の私の口に舌を入れてきて
「ほら、お父さんにチューしてみ」頻繁に強要
「舌を絡ませて」とか「唾液交換」とか
子供の私には考えられないような
キーワードを吐く父親

私を溺愛していましたが
その愛の形が年月を重ねるこどに変化していき

幼少期はキス程度で済んでいたものが
身体が変化していくと共に
母がいない隙を狙って
挿〇までは至らなかったけど
卑猥なことを隙を見て何度もしてきました


私の中で養父に対して

怖さより気持ち悪さが上回り
顔を見るのも同じ空気を吸うのですら
嫌になっていました

養母は病弱なのに働き者で
養父がギャンブルで作った借金や
飲み屋のツケを払うのに
朝から晩までずーっと働いていました

私がいつまでもこの家にいると

養父の恰好の餌食になると思い

パンチ先生に
「このままでは、いつか養父を〇してしまうかもしれないので早く私を家から出させてください」とお願いしました


パンチ先生:「言える範囲で話てくれないか?」

私:「話せません!家を出たら解決できますので」

それ以上はパンチ先生は理由を聞かなかったけど

おそらく察していたと思います

パンチ先生:「何かあったらすぐ電話してくるんだぞ」

母が帰ってくる時間まで
私は養父と2人きりになりたくないので
遊び相手がいない日は養母の働き先にいき

そこで宿題をしてお手伝いをして一緒に帰る日々

帰ったら養父が酔っ払って
競馬新聞やパチンコ雑誌をみていたり…
ぐうたらした生活をしている姿をみても
養母は何も言わない


だらしない!なさけない!
こんなヤツがいなければ
養母はもっと楽に生きていけるのに

私には養父はゴキ〇〇以下にしか写っていません

顔を合わすのは夕食だけ
この時間だけ我慢すれば

こんなことをされても
親に捨てられる恐怖は抜けず

常にいい子を装っていましたが

心の中では何度も何度も
養父を◯ろしていました
(◯ね!◯ね!◯ね!地獄に堕ちろ)


そうこうしてるうちに数ヶ月後
私は晴れて〇〇医院で住み込みで働きながら

准看護師の資格が取れる高校に通いはじめました

養母と離れるのは凄く寂しかったけど
籠の中の鳥が空に羽ばたいていくような感覚で
中学卒業と共に親元を離れ下宿生活がはじまった

「わぁ~い自由だぁ~」と思って飛び込んだ先は…



【風俗伝記第一章⑤】

~渡る世間はカスばかり~

次回に続く


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